フロリデーション(水道水フッ化物添加)の是非について

■ はじめに

「フロリデーションは、共産主義者が考え出した最も悪質な謀略である」。

 これは、1942年に公開されたスタンリー・キューブリックの映画『博士の異常な愛情 -または私は如何にして心配するのをやめて水爆を愛するようになったか』の一場面に登場する台詞である。この風刺にも見てとれるように、フロリデーション(水道水フッ化物添加)については、その是非をめぐる賛否両論の議論がこれまで重ねられてきた。
 水道水にフッ化物を添加すれば、う蝕(虫歯)予防に多大な効果をもたらすことは疑いの余地がない。
 歯の表面のエナメル質はヒドロキシアパタイトという結晶構造を持つが、これにフッ化物が加わることで、ヒドロキシアパタイトがより耐酸性の強い(=う蝕に罹りにくい)フルオロアパタイトという結晶に変化するためである。

Ca10(PO4)6(OH)2+2F→Ca10(PO4)6F2+2OH

 しかし、フッ化物の安全性への懸念や、フロリデーションを実施していない我が国でも12歳DMFT(平均う蝕経験歯数)が減少傾向にあることなどから、歯科医師のなかにもフロリデーションに反対する者も多いらしい。
 フッ化物によるう蝕予防の発見は、F. MckayとB.V. Blackによる斑状歯に関する疫学的調査まで遡る。
 斑状歯(Mottled Tooth)とは、歯の表面に褐色の斑点が生じる症状で、エナメル質の形成期におけるフッ化物の過剰摂取によるエナメル質形成不全がその原因とされている(はず)。F. MckayとB.V. Blackの疫学研究では、斑状歯に罹患していた者の割合が多い地域のう蝕罹患率が著しく低かったことから、フッ化物によるう蝕予防の歴史ははじまった。

 

 それを裏付ける形になったのがDeanのカーブ(1942)で、飲料水フッ素濃度とう蝕及び斑状歯との関係を生態学的に研究した成果として挙げられている。Deanのカーブによると、水道水に添加するフッ化物の至適濃度は0.8ppm〜1.2ppmである。

 

 また、WHO(世界保健機関)はフロリデーションに関して「適切な量の水道水フッ化物添加やフッ化物塗布は、う蝕予防に多大な利益がある(2001)」という声明を出しており、水道水のフッ化物添加には積極的な立場を取っている。

■ フロリデーションは必要か

 フッ化物によるう蝕予防の概要に一通り触れたところで、いよいよ本題に移ろうとおもう。
 ポピュレーション・ストラテジーとしてのフロリデーションが持つ利点と欠点を以下に列挙してみよう。

 

 利点としてまず挙げられるのは、う蝕予防に多大な利益をもたらし、国家の口腔衛生状態の向上に貢献することは疑いない、ということである。フロリデーションをしてう蝕が減らないわけがない。これがまず一点である。
 更に、上水道にフッ化物を添加するのだから、ブラッシングや定期的な歯科受診の習慣が付いていない貧困層・低所得者層の人びとも公平に恩恵を受けやすいという点もメリットとして挙げられるだろう。幼児・児童のう蝕罹患率は両親の学歴や所得と相関関係にあるので、フロリデーションは社会経済的な格差による(ことに口腔領域の)健康格差を緩和することになり得ることは容易に想像ができる。

 

 では次に、フロリデーションの欠点とおもわれる点を列挙していこう。
 まず、フッ化物添加の安全性に関する議論がある。よく覚えていないので詳しくは触れないが、低カルシウム血症などフッ化物大量摂取による中毒症状や、継続される日常的なフッ化物摂取による歯のフッ素症などが、安全性の問題の代表例である。
 それに続いて、フッ化物を水道水に添加する以上、「なんだか抵抗がある」人の選択の自由が奪われることは免れない、という問題もある。この点が最も重要である。フロリデーション反対派は「個人の摂取する物質の選択を奪う集団投薬である」と断言し、近代の医療の最重要項目であるインフォームド・コンセントの理念からも逸脱しているとする。

 

 さらに、欠点ではないが、フロリデーション反対派の意見には「わざわざフロリデーションを実施しなくとも、小学校単位でのフッ化物集団洗口やライフスタイル改善により、う蝕予防および口腔領域の健康は獲得され得る」という主張、「フッ素は水道水に添加せずとも食材や歯磨剤に配合されているため、費用対効果が優れているとは言い難い」という意見もある。
 以上の利点・欠点をまとめると、おおよそ以下のようになるだろう。
【フロリデーション賛成派】
  • う蝕予防に多大な利益をもたらす
  • 経済的な格差による口腔領域の健康格差を軽減できる
【フロリデーション反対派】
  • 安全性について議論の余地がある
  • 選択の自由が奪われる
  • フッ化物洗口やフッ化物塗布など他の方法もある
  • フッ素は日常生活のなかでも摂取できる

■ 結論

 以上の事柄をふまえたうえで、現時点での私なりの結論を書いて終わろうとおもう。

 

 私は、国家・行政単位のフロリデーションには賛成しない。
 が、より細かな自治体や共同体、地域コミュニティ(町内会や家族など)単位において、それを構成する人びとの合意形成に基づいたフロリデーションであれば、その地域の口腔衛生・保健の向上に大きな利益をもたらすことになる、とかんがえる。

 

 重要なのは「選択の自由があること」「合意形成に基づいていること」であり、この視点からかんがえていくと、別にフロリデーションなんてしなくても、フッ化物が添加された家庭用の食塩を購買・選択可能にするだけで解決できるような気もする。もしくは、家庭で安くフロリデーションできる装置とか。

 

2012-10-11 | Posted in 社会, 自然科学No Comments » 

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