[講義]う蝕学, 口腔保健学, 公衆衛生学(2012)

 水曜〜金曜の1限に組み込まれているう蝕学/口腔保健学/公衆衛生学が、なんだか新鮮で面白かったため、まだ各講義の第一回しか終えていないが、備忘録的に自分のかんじたことを、今日は早起きしてしまったので、まとめていきたい。

 ただ、この場で授業の細かな知識を披露してもキリがないため、今回は公衆衛生学、ことに口腔保健学的な思想や枠組みをめぐって、その是非を含めて書きとめておこうとおもう。


■予防歯科学から口腔保健学へ

 講義内では特に言及されていなかったが、いまこれ程までに公衆衛生学が重視されるのは、2007年日本の高齢化率がに27%を超え、超高齢社会へと突入したという背景が色濃く反映されているためであろう。
 超高齢社会への突入に際して、医療や福祉の領域では大転換期を迎えており、高齢者、ことに後期高齢者(75歳〜)のQOL(Quality Of Life, 生活の質=生きがい)をどのようにかんがえ、後期高齢者までもが安心・安全に生活することができる社会構造をいかにデザインしていくかが課題となっている。
 口腔保健学の講義の冒頭、「予防歯科学(preventive dentistry)」と「口腔保健学」という2種類の講座の名称をめぐる説明がなされた。鶴見大学歯学部は2007年まで「予防歯科学」という講座の名称を使用していたが、現在は「口腔保健学」に改称されている(と確か言っていた)。
 予防歯科学講座は、なぜわざわざ口腔保健学に改称したのか。それは、予防歯科学と口腔保健学のコンセプトの相違に起因するらしい。
 「予防歯科学」という学問が “疾患を予防することを目的とする” ことは、僕でさえ入学した時点で耳にしていた事実である。『新予防歯科学(2012)』によれば、「予防歯科学とは、先天異常を含む口腔領域の疾患を予防し、歯と口の健康とその機能の保持推進を図る学問である」と定義されている。
 この予防歯科学の理念と、「口腔保健学」のコンセプトを比較してみるとどうだろうか。口腔保健学が予防歯科学と異なる点は、”疾患を予防することを目的としていない” 点である。つまり、口腔保健の最終的な目的は、歯科疾患を予防することではなく、QOLを向上させることなのである(QOLの定義については『全人的医療(永田勝太郎, 1997)』を参照)。
 未曾有の超高齢社会において、高齢者のQOLをかんがえることほど重要な課題はない。そのなかで日本には、個人レベルでの後期高齢者のライフスタイルのデザイン、社会構造レベルでの超高齢社会に対する適応が求められているのであり、それを世界に発信するという、超高齢社会のトップランナーとしての任務がある。


■病気にならないことよりも、病気になっても生活の質を維持できるかが重要

 Health is a state of complete physical, mental, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. というのがWHOによる健康の定義(1946)である。
 こういった全包括主義的な「健康」像が半世紀以上前に定義されているにも関わらず、いまだ我々は「健康」と聞くと、疾患の有無や精神状態、社会的関係といった要素が別々に動いているように錯覚してしまう。その世界観が「健康のためなら死んでもいい」という言語矛盾を引きおこす。そうした要素還元主義的から脱却した先にあるパラダイムが、口腔保健学の基本的理念であるといえよう。
 21世紀という時代において、そうした生命論的な発想が重要になってくることは疑いない。21世紀における医療が指向すべきは、疾患の治癒ではなく、QOLを考慮した包括的保健医療・福祉のモデルを確立する主体的努力だとかんじる。
 そうした場合、口腔保健学、ないし公衆衛生学は中心的な役割を演じることは自明であり、高齢化しきった日本の地域社会をより豊かにするためには、そうしたアプローチが最良である気がしてならない。
 例えば、障害の社会性(WHO;1980)についても同様のことがいえる。
 障害の社会性とは、障がいを持つ人の機能障害・能力障害が、社会的不利益(Handicap)に結び付いてしまわぬように、ノーマライゼーションや社会的適応を施し、障がいを持った人でも高いQOLを維持できるようにすることを掲げた概念である。
 すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する(日本国憲法第25条, 1946)のだから、先天的に障がいを持っていても、年を重ねて疾患に罹っても、QOLだけは維持していくことが個人レベルでの課題であるし、それを可能にする包括的医療福祉のモデルを構築することが、日本の地域社会における早急な課題であるとおもわれる。


■おわりに

 ひと通り読み返してみると、当たり前のことを繰り返しているだけの文章になっていて引いた。今回と同じようなテーマで「口からはじめる不老の科学」という文を書いているので、そちらの方が手間がかかっているため参照して欲しい。
 ただ、上記のような理念に基づいて、どのように具体的な政策や個人レベルでの活動に落としこんでいくかが課題であり、そういえば、私が鶴見ほっこり村をはじめた契機も、これに似た話題から始まっていたのだった。
2012-04-12 | Posted in 人文, 社会, 自然科学No Comments » 

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