ウメサオタダオ展(日本科学未来館)に行ってきた

 2月20日の夕方、大学の試験も一段落したので、日本科学未来館で昨年の暮れから開催されている「ウメサオタダオ展」の最終日に行ってきた。ちなみに、大学の試験の方は、再試が2つで追試が1つ、きょう発表された総合歯科も受かってたので、進級確実になった。再試は2/23と、飛んで3月に2つある。悪い日程になってしまった。
 日本科学未来館の周辺は人の気配がなく、ほんとうにやっているのか、と不安になったが、ウメサオタダオ展は最終日というだけあって、知的なおじさん達で賑わっていた。
 以下、取ったメモから断片的に抜き出していこうとおもう。
梅棹 忠夫(うめさお ただお、1920年6月13日 – 2010年7月3日)は、日本の生態学者、民族学者。国立民族学博物館名誉教授総合研究大学院大学名誉教授、京都大学名誉教授。 理学博士(京都大学、1961年)(Wikipediaより)。
・研究の方法や、チームをまとめるうえでの戦略は、「探検」という実践的行為のなかで養ってきた。まさにフィールド・ワーカーである。
・コンニャク情報論について(『情報の文明学, 梅棹忠夫, 中公文庫, 1999.』)。情報とはコンニャクのようなもので、それ自体は栄養にはならないけれども、咀嚼したり味わったりすることで、「生命の充足」を図ることができる。情報も似たようなもので、その存在自体が、「生命の充足」につながる。なんにもならない情報は無数にあるというのは、それ自体が生命の充足であるから、それでいいのだ。
・人類の産業進化史は、内胚葉産業から、現代は外胚葉産業に突入した。内胚葉産業とは「農業」であり、中胚葉産業とは「工業」、そして現代の外胚葉産業とは「情報」の産業である。情報産業は、脳神経/感覚器官の機能の拡充の役割を担うため、外胚葉産業であると考えられる。ちなみに、社会そのものも情報であり、観光なんてそのまま情報産業である。
・文化開発と研究経営。世の中は、「ハードウェアからソフトウェアへ」、「物質から情報へ」、「経済から文化へ」と、大きく転換しはじめている。
  ・これまで、梅棹忠夫という人物に対して、それほど強い関心を持っていたわけでもないし、高校生のころに「知的生産の技術」を読んだくらいで、とりわけ好きな学者というわけでもなかった。
  ・だから今回も、ウメサオタダオ展に足を運ぶのも、最終日の午後になってしまったのだけれど、今回の展示でことに強調されていた梅棹氏の「実践を通してものごとを考える」という哲学に感動してしまった。
  ・共同体について考えるうえで、ほっこり村という現場に出る必要はあるのか、という僕の違和感に、梅棹忠夫氏は「歩きながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながら歩く」ということばで応えてくれたためである。
  ・暗黙知の次元なんてあるのか、フィールドワークなんてしなくていいじゃないか、今年に入ってからそういった疑念が頭のなかにあったんだけども、とりあえずあるということでやってみよう、という気持ちにさせられるような展示であった。
  ・帰りがけに見た日本科学未来館の常設展示も、以前幼いころ何度か来ているんだけど、いまになってみると新鮮で、ひとりニヤニヤしながら夢中になって回ってしまった。
  ・閉館間際になり、未来館常設のショップに足を運んだ。ミドリムシのクッキー(1枚あたり2億匹のミドリムシが入っているらしい)だとか、周期表のTシャツだとか、心をくすぐられるような品物がたくさん置かれていた。18時に待ち合わせた相手に、DNAの二重らせん構造のキーホルダーをプレゼントして、天ぷらの定食をたべて、1日が終わった。
・『未知のものと接したとき、つかんだときは、しびれるような喜びを感じる。わが生涯をつらぬいて、そういう未知への探求ということが、すべてや。こんなおもしろいことはない』。
2012-02-20 | Posted in No Comments » 

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