緊急座談会『大震災から何を学び、復興のシナリオをどう描くか』まとめ

【内山節】

「居住地を失う」ことは、人類史上は、何度もあった。今回も、福島で避難している人々は、いつ帰れるのかわからない。つまり、期間が未定。すなわちそれは永遠。津波は未来の時間を創れる事故だったが、原発事故は、未来の時間を停止された事故。

今回の震災で破壊されたのは、イメージ。「原発は安全である」「東京と原発は遠い」というイメージが破壊された。だから、これからは、どのようなイメージを再構築していくのかが重要。

コミュニティについて。今回の東日本大震災では、海外メディアからは、日本の住民が静かに避難所生活をしている、とのポジティブな声が上がっているが、それは、今回たまたまかもしれない。

事実、関東大震災では、何千人規模での朝鮮人虐殺が行われた。それは、日本のコミュニティが同調だったから、日本の文化的性質として、全員がネガティブなベクトル(朝鮮人虐殺というベクトル)に流れた。今回ではそうならなかっただけ。

日本のコミュニティについて。コミュニティの多層性。コミュニティの多層化が必要。多様なコミュニティがあってこそ、社会の共同性が創出する。多様なコミュニティが積み上がることで、社会における共同体が出現する。

コミュニティの多層性は、即ち個人の価値基準の多様化につながる。一人の人が様々なコミュニティに介入することで、価値基準の多様化が期待できる。一本化されたコミュニティの恐怖を知るべき。閉鎖された一元的コミュニティは危険。多層化が重要だし、その多層的な昔のコミュニティを再構築する必要性がある。明治時代の5人組などにより、コミュニティが一元化された。本当はコミュニティ各々で、地域社会における役割が異なる。

 

90歳の老人にとって「復興」とは何か。

90歳の老人が「復興を目指す」と言える仕組み。なぜ言えるのか。また、どうすれば言えるようになるのか。

日本の社会観は「生者・死者・自然」で構成されている。コミュニティも同様で、生者だけでなく死者も内包している。これは欧米型の社会観とは根本的に相違し、欧米型は「生者」のみの社会観で、コミュニティも生者だけで成立してきた。世代間継承性コミュニティが日本の社会観だった。

日本は、死者の上に地層のように積み重ね、未来を創造してきた。死者と共存すること。生者・死者・自然の共存。それが復興の第一歩だと思う。

だから、「自分たちはどんな世界で生活したいのか」という文学的な問いが必要。当事者は、「どんなライフスタイルに移行するか」という問いを頭に描ける文学的感性を持てる。国や県にはその感性はない。当事者の文学的感性を具体化する際に国や県の協力が必要なわけで、復興の第一歩は「どんな生活を送りたいか」という文学的な問いを発することである。文学的感性を持つ。

 

【広井良典】

東日本大震災は、日本社会における構造的諸課題を先鋭的に示した。だから震災を契機に、本来在るべきパラダイムシフトや改革を加速させるべき。震災への集中的支援・対応と、震災以前の構造的改革の推進を加速させる。

日本社会の中心的テーマは、「コミュニティ」であり「関係性」。今回の震災で先鋭化したのは、ポジティブな面では「日本はコミュニティにより支えあう」「ボランティア」など、ネガティブな面では「集団の同調性」だった。

集団の同調性は、もっと、「個人が自立・独立して人と関係性でつながる」ことが必要である、ということ。集団で同調して動く、という価値観の克服が必要なのではないか。

 

【赤坂憲雄】

東日本大震災により、日本の「思考停止の部分」が、明るみに出たと思われる。311により日本は「変わった」のではなく「わかった」。以前からの構造的問題のため、”身の丈の思想を抜本的に再編する”ことが必要。

地域社会をデザインしなおす。地域社会のイメージを変える。原発は、一見、1000人の雇用を創出し、地域社会に貢献していると見えるが、やはり、原発は、地域の地場産業とは共存していなかった。極めて中央集権的な植民地型の産業として成立していた。

もっと地方分散型に転換するべき。例えば311以降の東京の物流・流通は、中央集権型であったために、破綻してしまった。一元化されたルートでしか流通が無かったために破綻した。コミュニティの多様性が非常に重要。多様性を含む多層的なコミュニティの強みはある。

いかにコミュニティを再編するのか。新しいコミュニティの再建は急務。コミュニティが生きている地域の住民は、やはり、震災でも踏ん張ることができた。しかし、コミュニティが仮設住宅や避難所生活により崩壊した地域は、踏ん張ることができない。コミュニティ再建が急務。

 

【おわり】

内山節さん、震災以降のライフスタイルのビジョンを「文学性」と表現するあたりに偉大な知性が表出。やはりコミュニティの多層化は非常に重要であり、超高齢社会における中心的課題となると思う。

ほっこり村の例で考えると、演劇という手法は「コミュニケーション能力の増進」になるため、他のコミュニティ介入を直接的に促進することになる。ほっこり村を、個人個人のつながりを創造し、個人のなかで主体的なコミュニティ介入を促進するようなコミュニティにしていきたい。

もう大震災が起きて、それは予防しようがないのだから、いかに再建するか、いかにレジリエントな未来を構築するかが論点になるわけで、その問いに対するほっこり村の回答として「地域コミュニティ」と「地域社会における関係性」の再構築が考えられるのだと思う。

試験期間が終わり、やっと好きなだけ勉強ができるようになった。帰路でトーマス・クーン『科学革命の構造』購入。支える医療研究所の方々に連れていっていただいた気仙沼藤沢町支援のレポートも開始。

2011-07-23 | Posted in No Comments » 

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