BOSEのイヤホンが壊れたので、進化について考えてみる

東北地方太平洋沖地震→計画停電→都営大江戸線満員電車、イヤホンが見知らぬおじさんに絡まる、持ってかれる、切断される、です。12000円くらいなのでショックです。最近BOSEの新しいイヤーピース買ったから14000円くらいか。まあ中古で高2の頃購入して安かったのですが。喪失感。

なので、進化について考えてみようと思います。でも厳密にいえば生物学として進化を考える訳ではないと思います。専門知識なんて無いし、進化生態学講義で表面に触れただけだし。あくまでメタファー的な意味のなかで、「進化する」という現象がどういうことなのか、ということを考えてみたいです。

皆進化します。成長だとか進歩ってのは連続的なプロセスだけれど、進化とは不連続的であり、新しいシステムの移行。つまり、既存システムが破綻したとき、新システムに移行する。これが進化だとか歴史上の多くの出来事のモーター的な原動力になっていると進化生態学講義でおもいました。講義では全然そんなこと言ってなかったけど。

そもそも進化するってどういう現象なのかっていうと、恐らく、「進化せざるを得ない状況」があることが多い。突然変異なんかもあるだろうけれど、あくまでメタファー的な意味においては、何か必要に迫られて物事は変化進化してくってことがある。生命史上においても、陸上進出だって進出せざるを得ない状況があったというか、「陸あがろ」と思って能動的に陸上進出したわけではないはずです。もちろん生命の誕生も真核細胞の誕生も偶然なんだろうけど。そう偶然についても触れたい。

でも今回はその詳細なメカニズムにフォーカスしたいわけではなくて、「せざるを得ないから進化してしまった」というメタファー的進化を考えてみたいです。

僕が高校の頃に抱いていた素朴な疑問は、なぜ生命は恒常性維持機能を持つにも関わらず進化するのか、進化という現象自体が生命の根本的特徴である恒常性維持機能に反する現象なんじゃないか、という疑問でした。

でもそれってよく考えてみれば、まあ常識的な問題だったんだけれど、恒常性維持機能を持つから進化しない、ではなく、恒常性維持機能を持つからこそ進化する、ってことなのでした。生命は動的なシステムであって、動的安定状態が擬似的に構築し続ける動的メカニズム即ち動的プロセスであって、要は全身を恒常的に維持しているシステムなんだけれど、その恒常性維持機能のシステムがもし破綻したら、進化が生じるんじゃないか。つまり恒常性維持機能システムの破綻、という「進化せざるを得ない状況」が生じることで、より高次元における<新>恒常性維持機能システムが自己組織化的なプロセスで形成されてくっていうか、要は既存システムが破綻したら生命は恒常性を維持するために新システムに移行するってことで、この”既存→新”システムの自己組織化プロセス、つまり「新システムへの移行」こそが進化なんじゃないか、と考えています。

でも普通に考えてみても恒常性維持機能なんて生命特有の基本的性質なわけで、振り子の例だと、振り子は物理学的な法則性に基づけば、少しでも触れるとその影響が半永久的に持続される。つまり、一度ノイズのようなゆらぎが入ると、もう修正できない。もとに戻らない。だけども恒常性維持機能を基本的性質とする生命においては、振り子の揺れを変えてみたとしても、すぐに元通りの揺れに戻る、ってのが恒常的であり安定性ってわけで、あるいはその揺れが増大してそこに新しい安定性が生じる(新しい揺れになる)こともあるとおもうので、それこそ「新システムへの移行」、すなわち「進化」と言えるんじゃないかと。

で、面白いとおもったのが、この新システムへの移行プロセスってのは不確定なことが特徴的である点。つまり、既存システムが破綻したあとはどのベクトルにシステムが移行してくのか不確定で、それは完全に偶然性に依存する。それは物理学の公式なんかでは記述できないような偶然性を生命は持っているわけで、これはプリゴジン博士もおっしゃっていましたが、誰も予測できないような生命の驚くべき性質が確認されることもある、らしいです。だから先述の振り子の例だと、生命において振り子のゆらぎが生じた場合、それが増大して進化となるわけだけれど、そのベクトルはどこに向いてくのかわからない、ということなのかなあ。

で、これぞ創造性。クリエイティビティ。話が飛びましたが、進化はどこ行くかわからない。

言葉をかえると、不確定である状態の方が創造的であり、より多くの可能性を秘めているってことになるんじゃないかなあ。そう考えると勇気出てきます。将来どうなるか完全に決定していて、レール上を走る人生よりも、道なき道を走るみたいな造山運動的な可能性、高村光太郎の「道程」のような、僕の後ろに道はできる的な生き方の方が創造的だとおもいます。創造的ってのは語弊あるけど、平たく言えば可能性が幅広く存在するってことで、要するに選択肢が多いってことです。そう考えると当たり前か。

でも、これに気が付いてからは自らを確定しないようにしているというか、大きな未来ビジョンに基づいて最大の可能性を探るようにしてる。好ましいゆらぎ(平均値からの変動)は大歓迎。ゆらぎがあるってことは不確定な要素が強いってことだと思います。まあ僕は歯学部を卒業して歯医者になるのですが、歯とか口腔っていう専門を確定してしまったら終わりというか、そんな要素還元主義的な世界観だと様々な全体を見失って全然創造的でなくなってしまうので、「歯医者と呼ばれるほど馬鹿じゃない」と言えるような精神で専門を超越して領域を縦横無尽に横断してくことが本質的な健康づくりだと僕は確信しているし、いつまでも不確定でいようとおもう。

蛇足ですが、研究誌原稿が完成しました。最後あともう少しあればもうちょっと直せたかなあ。わりと悔いが残っていますが、まあ大丈夫でしょう。一つまた大きなタスクを終えたので、これから春までほっこりプロジェクトを邁進していきたいです。楽しいです。HPはほっこりいずむほっこり村(途中)です。

2011-03-18 | Posted in No Comments » 

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