2010年度も大詰めなので振り返る

昨日一年間あまり面白く無かったっていう話を書いたのですが、振り返ってみれば、大学の授業が面白く無くても、色々と活動していたので、振り返ります。あ、今学びの自分史20000字を書いています、春までに。

いきなり話が飛んでいくんだけれど、そもそも過去を振り返ることは非常に重要。昔は全然歴史を学ぶ意義が見いだせなかったけど、すごく今では明確に過去から学ぶ必要性があると思ってます。人体と地球環境レポートでも、5000/30000字ほど割いて歴史を学ぶ意義付けをしてた。

AppleのSteve Jobsが、あまりにも有名なStanford大学のCommencementのなかで言っているConnecting the dotsもまさにそういうことだと思っています。現在を、未来を知るためには、過去から学ぶのがいちばん。ヨハネの今日の学習も、このHPも、卒論も学びの自分史も、「過去から現在、未来へ」という意義、源流が流れているはず。僕は研究者でも何でもないし、研究者にもならないだろうから、過去のために過去を学んだって意味ないし、現在の正確な理解、正確な未来予測のために過去を学ぼうと考えているわけです。ちなみに過去って、人類史でも、地球史でも、生命誌でも、自分史でも、全部過去、歴史です。

コンピュータの父・Alan Kayさんも僕はだいすきなんですが、その人の言葉ですごくこの問題に対して的を得ている言葉があって、The best way to predict the future is to invent it. だったと思うんだけど、要は未来予測における最良の手法は、それを主体的に創造すること、だから過去から自分の現在を正確に認識し、ビジョンを打ち立て、それを未来をし、そのビジョンに向かう主体的、能動的な人為的努力が本質的な意味での未来予測だ、ということを言っているのだと思ってます。

こんなこと書いている暇ないからまとめてしまうと、過去のために過去は学べないわけで、自分の現在、そして未来予測には絶対に過去を学ぶ必要がある、って解釈です。

それで本題に戻るのですが、今年度一年間を、時系列的に総括しますっていう話です。4月、高校から大学へ、大きく環境が変動しました。特に夏休みまで不毛な時を過ごします。勉強はしていたけれど、考えていたというより授業の振り返りと試験対策に明け暮れます。あまり面白かった記憶はない。でも、保健体育講義とか非常に面白くて、体育研究室に行ったりしていた。運動処方とか、ことに高齢者のADL(Activities of Daily Living=日常生活動作)やQOL(Quality Of Life=生活の質)の維持のために、どのような運動が有用なのか、ってことを考えていました。あと、演劇によるリハビリなんかもやろうとしていたのだけれど、それはわりと全国でやられていることだからやめといた。

で、8月。8月は色々あったようで、でももっと学べたと悔いの残る月でした。まず、夕張医療センターに研修に行った、埼玉の医学部に通っている友人と。ジェロントロジーという概念を初めて知ったのもこの頃。ジェロントロジーは東大と桜美林でしかやられていないようなので、まじで東大行きたかったのもこの頃です。ともかく、地域医療で地域活性化するという高校時代の医療を志す動機となったビジョンがもう少しだけ拡大して、「理想的な超高齢社会」をめぐって、その形を模索し、将来的に超高齢社会をデザインしていくには何が必要なのか、ということが当時の僕の中心的命題だった。

あとちょうどこの頃、2年連続で佐久総合病院の農村医学夏季大学講座に参加したり、そこでお会いした安曇野のJA福祉課で活動されている方にお話を伺いに行ったりした。夏の長野は楽しかった。特に安曇野の人はすごく熱烈に地域福祉に関する話をしていただいた。長野は観光地なだけに、すごい魅力があるとおもいます。あ、長野といえば、これも8月に鈴木先生の研究会の軽井沢合宿に行った。これも面白かったです。軽井沢も良い街でした。

あとは新潟に学会で行った。日本高齢者歯科医学会だったかな、忘れちゃったんだけれど、まあ全然理解できなかったよね。高齢者歯科研究室の方々に連れてっていただいた。でも新潟も良かったです。夏の地方は落ち着きます。

地域に関して言えば、地域活性化勉強会に参加してたのも8月だったとおもいます。試験が重なってもう参加していないんだけれど、あれはあれで面白かったです。

それと、聖マリの医学部に行きたかったけど、歯学部で、ってなったのもこの頃です。これは高校時代のN先生との丸の内のカフェで面談したとき、非常にためになる話をしていただいたのが幸いでした。専門超越、領域横断です。鈴木先生の研究誌にも書きますが、歯医者と呼ばれるほど馬鹿じゃない、ってことです。

8月はもっとある。高校の同級生のSFCの映画に出た。まだDVD観てない。多分貰っても怖くてみれないけど。僕、自分の演劇の録画DVDも怖くて観れないんです。なんか癖があって、手が落ち着かないっていうか、挙動不審っていうか、僕の演技には安心感ないです。

演劇の活動では、演技はしてないけど、ある劇団の夏公演のお手伝いをしました。新宿の地下にある劇場に、10トンくらいの砂を敷き詰める作業。あと受付とか。ものすごく辛くて、死にそうだったんですが、芝居がとても面白かったので良い思い出になりました。ちなみに3月初旬にも下北沢の劇場でお手伝いする予定です。試験期間ともろかぶりですが、気合いで頑張ります。すごく演劇をめぐって考えるきっかけになった。

で、8月の最後にはほっこりいずむが誕生しました。築地のルノアールでコーヒー飲みながら生物やってたんだけど、そこにものすごく楽しそうな高齢者の男女の団体が来店して、やはり生きがいが健康には一番だっておもうのと同時に、その生きがいを提供する場を紹介できたらいいなあ、と思って誕生したのがほっこりいずむです。最近全然さぼっているので、再構築の必要があります。ともかく、地域のコミュニティを紹介する場が必要だな、って思ったのが一番のきっかけです。それが実際に地域コミュニティを運営しよう、っていうほっこり村の発想に結びついていきます。

9月は試験です。試験期間の僕は思考停止しているので、特に何も無いです。10月、11月、12月も特に何も無いまま過ぎ去ってしまった。1月2月は試験。この期間は授業を聴いて、知識は付いたと思うけど、何かが劇的に変わったとか、そういうのは全然なかったので反省してます。たぶん主体的に何かをしようっていう姿勢が全く無かったんだろうなあ。何もかも受動的で、授業聴いて、試験対策して、っていう姿勢だった。別に真面目なんだけど、それじゃ全然駄目なはずです。受動的な物質が創造的な宇宙を導くことはない。

1月、唯一変わったものといえば、ほっこり村ができるんじゃないか、と思ったことです。もしかしたら12月だったからかもわからないんだけれど、例によって丸の内のカフェで、友人と話している最中に出てきました。これはいける、と思って、今企画書書いて、広告をつくっています。

2月は試験ばかりだったので、書きたくないです。3月中旬まで試験。今日は文句は口に出しません。試験対策を中心に生活がまわる。ちなみに「勉強」と「対策」っていう言葉を使い分けているのは、それを一緒にしたくないからです。試験対策は勉強でも学問でも無いです。

およそ一年間が過ぎました。来年からはカリキュラム的にも面白くなるはずなので、あんな某言語(独)みたいなくそ授業を受けなくても済むので、楽しみです。特に発生学とか楽しみだなあ。

2010年度を総括すると、もっと勉強できたと思うし、もっと集中できたと思うし、もっと成長できたはず。別に不満な結果ではないけど、60点くらいです。ほっこりいずむなんて完全に偶然で生まれたわけなので、来年度からはもっと集中する。

ということで、2011年の目標です。今よりも高次元な領域で考えること。脳が痛くなるまで考えること。その自分を厳しく追い込んで深く考える作業が、今年度の僕には著しく欠如していたと実感。まだ生活スタイル優先というか、自分の身体優先になっているというか。表面だけをこねくりまわしてた感覚。なので、もっと主体的に、もっと知識に基づいて、脳が痛くなるまで考えなきゃいかん。2月に入ってそれに気づいて、少しずつ実践できるようになりました。来年はたぶん教養科目より面白い授業があると思うので、そこで何か面白そうな問題を見つけられたらと思っています。

2011-02-23 | Posted in No Comments » 

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